屋敷の玄関先についたツェーザルが振り返ってみると、棗の背中は既に豆粒ほどになっていた。 棗の全身黒一色の姿は、先ほどのインベーダーよりもずっと影のようである。 そんな後姿を見送りながら、ツェーザルは口元に笑みを浮かべた。 だが、それは棗に向けていた爽やかな笑みではなく、ねっとりと絡みつくような微笑である。金色の瞳と深蒼の瞳が鳥籠のように棗の姿を捉えている。 「まさか、『資格を持つ者』がこんなに早く見つかるとは。……フフ、御主人様に報告しなくてはいけませんね」 唇をくっと吊り上げるツェーザル。 その姿は、扉の奥の闇の中へと消えていった。 棗が事務所に戻ると、アマリリスと見知らぬ少年――来栖澪がソファに座ってコーヒーを飲んでいた。依頼人かとも思ったが、澪が纏っている雰囲気が一般人のそれでない事に気付く。 「あ、棗さん。おかえりなさぁい!」 「嗚呼。……彼は?」 満面の笑みを咲かせるアマリリスに、棗が問いかける。すると、アマリリスが答えるより早く、澪が立ち上がった。 「来栖澪。『怪談狩り』だ」 「…………来栖」 棗の表情が僅かに強張る。その様子に気付いてか、澪もまた視線をそらした。 「あんたが、月詠棗だな?」 「嗚呼、そうだ。一体、何の用だ」 「あんたは察しが良さそうだ。勘付いているんじゃないのか?」 すっと上がった澪の視線と、棗の視線がぶつかった。二人の口が同時に開く。 「――『ボーンコレクター』」 それが、二人に共通した物であった。互いの目的を確認し合った二人は、無言で頷き合う。 棗が自分の分のコーヒーを淹れてきたところで、二人の情報交換が始まった。 今回の事件を整理してみると次のようになる。 事件の被害者はいずれも刃物による切傷が刻まれており、それが原因で失血死していた。しかも異常な事に、どの被害者も骨の一部が抜き取られているのだ。 被害者達の失われた骨を全て集めると一人の人間が完成するというのだから、知能の高いものの犯行であることは間違いないだろう。そこに何らかの意味がある筈なのだが、現段階では分からない。 「ただ、被害者に共通していえることと言えば、誰もが『善人』だったという事だ」 澪は手帳に視線を落としながらそう言った。電子手帳が普及する中、直接執筆するタイプの手帳は珍しい。 「……シティホライズンの被害者である男性の事を聞き込みしてみたのだが、彼もどうやら社会に随分と貢献していたようだな。消防士だと聞いていたが」 「そうだ。警察官や医者といった類の人間――いずれも、決して有名な人物ばかりではない。ただ、彼ら全員に言える事は、どれだけ聞き込みをしても悪い噂を聞かないという事だ。被害者の中には、普通のサラリーマンをやっていた人間もいる」 「職業を選んでいるわけではないということか。……誰かの為に役に立ちたいという人間が、そういった仕事に就くというのも自然な事だしな」 棗の言葉に、澪は深く頷く。 「つまり、ボーンコレクターは『善人』を嗅ぎ分けて殺してるってこと? なんか、念入りに調べてる感じだよね。そんなに『善人の骨』が必要なのかなぁ」 アマリリスがかくんと首を傾げる。その言葉に、棗と澪はハッとした。 「そうか……。ボーンコレクターが欲しているのは『善人の骨』である可能性は高いな。殺すというのはその過程の手段にしか過ぎないという事。だが、そんなものを集めて何をする気だ……?」 『ボーンコレクター』と呼ばれる犯人は、シティホライズンで被害者が殺された時期とシティホライズンに低級インベーダーが大量発生した時期が一致するため、インベーダーと関わりがあるのではないかと思われている。だが、現段階で分かった事と結びつけるには、素材が足りなかった。 「ボーンコレクターの事件はニュースで大々的に取り上げられている。インターネットではボーンコレクター関連の都市伝説が生まれているくらいだ。……怪談狩りとして、俺はさっさとこの事件を解決したい」 吐き捨てるようにそう言った澪は、相当苛立っているようだった。右足がカタカタと小刻みに揺れている。 ゆらゆらと揺れるコーヒーの水面を眺めながら、アマリリスは呆れ顔で溜息を零す。 「澪っち、貧乏揺すりは良くないわよぅ」 「煩い。こんな危険な奴が野放しになっているかと思うと、夜も眠れないんだよ……! 怪談狩りの名にかけて、人に害を及ぼす怪談は排除しなくてはならないんだ!」 澪は今にも噛み付きそうな勢いで歯を剥いた。棗はその様子を正面から捉えながら、カタンと音を立ててカップを皿の上に置く。 「それについては同感だ。ボーンコレクターの理由如何に関わらず、排除する必要があるな」 「…………嗚呼。協力してくれる……か?」 そう言った澪の表情には不安そうな感情が見え隠れする。棗は躊躇の様子もなく頷き、了承の意を示した。今までの棗の態度は真摯そのもので、ましてや尊大な態度の澪が不安や遠慮を感じる要素など無い筈だった。 澪と棗の様子を観察していたアマリリスは、二人に違和感を覚えていた。 向かい合わせに座っているにもかかわらず、澪は一度も棗の目を見ようとはしないのだ。棗もまた、澪に対してはいつも以上に口数が少ない。 (この二人、絶対に何かある……。個人の云々じゃなくて、もっと根深い何かに違いないわ。乙女の直感がそう告げているものっ) 二人の関係を暴きたいという好奇心、そして、共闘するのならば、互いの蟠(わだかま)りを解かなくてはという使命感がアマリリスの心を燃やしていた。 そうとも知らず、二人の会話は今後の調査の方針へと切り替わる。澪は手帳に挟んである栞を頼りに、ページをめくった。 「俺は、犯人が未だこの都市に潜伏している可能性を考えて、怪談や都市伝説を片っ端から当たってみようと思う。噂は既に調査済みだから、新しいものから現場に行ってみる。火のないところに煙は立たないというしな」 澪の話に、棗は「なるほど」と返す。だが、携帯電話の着信音が二人のやり取りを遮った。 棗が携帯電話を開いてみると、地図が添付されたメールが入っている。その内容を読んだ棗は、申し訳なさそうに首を横に振る。 「すまない。俺も同行したいところだが、生憎と仕事が入ってな。今から低級インベーダーの駆除をしに行かなくてはならない。後ほど合流しよう」 そちらは任せた。と言わんばかりに立ち上がる棗に、澪は眉間に皺を刻んだ。 「そんなもの、HPOに任せておけばいいだろう」 「…………。そう言うわけにはいかない。俺の事務所に入ってきた仕事だ」 「だったら、HPOに通報すればいい。そういう、加害者がはっきりとインベーダーだと分かったものは、あいつらにやらせればいいんだ。あいつらが動き難いものこそ、俺達のような個人が調査する――。その方がいいだろ?」 苛立ったような澪の言葉に、コートを羽織ろうとした棗の手が止まる。 「お前の言う事は一理ある。だが、自分の仕事くらい自分で片付けたくてな。――HPOが現場に到着する前に被害が拡大してはたまらない」 「それを言うのなら、ボーンコレクターも……!」 反論しようと声を荒げた澪であったが、その言葉は途中で噤まれる。吐き出そうとした言葉は自然と喉の奥に引っ込んでしまった。 「ボーンコレクターは、確かに野放しにして良いものではない。だが、今そこにある危機を見過ごして良いというものでもない。こちらが着くのが早ければ、インベーダーを屠るのが一分でも一秒でも早くなる。いくら被害が小さかろうと、俺は現場に向かわなくてはいけない。小さな犠牲も出さぬようにな。……異論があるのなら他を当たるんだ、来栖の末裔」 振り返った棗の眼は、鋭利な刃物も負けてしまうのではないかというほど鋭かった。睨むという行為では片付けられない。まるで、心臓を貫いてしまいそうな視線であった。 暫しの間、蛇に睨まれた蛙のように立ち竦んでいた澪だったが、 「……っ! わ、分かったよ。勝手にしろ」 己を束縛する力を振り払うかのように身を翻し、事務所を出て行ってしまった。荒々しい足音がビルの階段に反響し、消えていく。 「な、棗さん……!?」 剣幕に驚いたのはアマリリスであった。開け放たれた扉と棗を交互に見つめながら、大きな目をぱちくりとさせている。 「すまない、アマリリス。現場には俺一人で行く。お前は、噂話調査をしてくれ。来栖澪と共に。…………俺も、後ほど合流する」 そう言った棗は、いつもの棗だった。諭すように言う棗に、アマリリスは大きく頷く。 「まっかせて! 駄々っ子のお守と、探偵仕事ならば、この天才美少女魔女っ子のアマリリスちゃんにお任せを!」 アマリリスは意気揚々と携帯電話を箒に下げると、飛び跳ねるように窓枠に上った。棗が見送る中、澪の背中を目指して箒で飛び立つ。 アマリリスがビルの隙間を滑空するのを見つめながら、棗は机の上に置かれたゴーグルをかけた。 「雨が降らぬうちに、行くか。……それにしても、頭では分かっていても、行動まで制御するのは難しいものだな」 ポツリとそんな言葉を零すと、棗もまた事務所を出る。こうして、三人は二手に分かれる事となった。 |