「そう言えば、その『棗』とやらは、どんな人物なんだ?」

 階段を飛び跳ねるようにして降りるアマリリスに、澪は後ろから問いかける。アマリリスはくるりと振り向いて、口元ににやり笑いを浮かべると、

「へへへ、知りたい?」

「まあ、今お前が教えてくれなくても、直ぐに分かる事になるだろうがな」

「ちょ、知りたいでしょ? そうでしょ? じゃ、教えてあげる!」

 アマリリスは頼んでもいないのに捲し立てるように言った。にやつく表情がこの上なくうざったい。さして興味もなさそうに涼しい顔をしていた澪であったが、そのこめかみには青筋が浮き出ていた。

「…………いらない」

 澪はアマリリスの横を通り過ぎ、足音も立てずに階段を下りていく。ぐんぐんと遠ざかる澪の背中を、アマリリスは慌てて追った。

「待ってよー。――『月詠棗』! それが棗さんの名前よぅ!」

 パタパタと階段を駆け降りるアマリリスだったが、澪の背中に正面衝突して「ぷぎゃ」という悲鳴を上げる。

「な、いきなり止まらないで……」

 抗議の声を上げようとしたアマリリスであったが、澪の表情を見て思わず口を噤んだ。

「月詠……だと?」

 驚愕に満ちた表情で鸚鵡返しに呟く澪。それに勢いを殺されつつ、アマリリスは頷く。

「そうある名字ではないし……まさか……。いや、それよりも……。…………」

「ど、どうしたの、澪っち。なんか怖い顔しちゃって。棗さんの事、何か知ってるの?」

 アマリリスは、ぶつぶつと独白を漏らす澪の顔を覗き込む。アマリリス自身、棗と知り合ってからほんの三か月程度しか経っていない。それに加え、棗自身が寡黙な所為で、彼の話は殆ど聞けないのだ。

 恐らく、目の前の少年は自分が知らない棗の事を知っている。そう思うと、聞かずにはいられなかった。

 だが、澪はアマリリスのそんな想いを振り払うかのように頭を振って、

「いや、大したことじゃない。悪いな、案内してくれ」

 気にするなと言わんばかりに歩を進める。その背中は完全な拒絶を含んでいるようで、アマリリスはそれ以上問い詰める事が出来なかった。
 



「ああ、そうだ。一つ、良いか?」

 それまで無言だった澪が、昇降口で唐突に口を開く。

「魔女のお前には先に話した方が良いか。例のボーンコレクターの事なんだがな」

「うん? なになに?」

 沈黙に押し潰されかけていたアマリリスは、話題を振られて嬉しそうに身を乗り出す。だが、そんな彼女とは裏腹に、澪の口は重かった。

「ボーンコレクターに殺された人間が奪われた骨――。全て組み合わせると一人の人間の全身骨格が出来上がるらしい」

「……な!」

 なんですって!という声は喉の奥に絡まって消えた。無数の虫に全身を駆け回られるような錯覚に囚われ、思わずその場に立ち竦む。

「何の為にそんな事をしているのか分からないが、そこに必ず意味がある筈だ。魔女ならば呪術関係に詳しいと思ってな」

「ご、ごめんね。私、そういう方面にはあんまり……」

「詳しくないのか。ならいい」

 澪はパーカーのポケットに差し込んだ小さな折り畳み傘を取り出すと、雨が降りしきる中を歩き出す。アマリリスもまた、傘立てに差したピンク色の傘を差してその横に並んだ。

 もし、ボーンコレクターの正体がインベーダーであるとしたら、知能がかなり高い相手なのだろう。そうなると、尻尾を掴むことは困難だ。
 逆に、ボーンコレクターの正体がヒューマンだとしたら、その凶悪性と異常性に寒気がする。
 だが、

「俺は、お前達が言うネイティブの仕業だということを視野に入れている。連中の中には、ヒューマンよりも知能が高く経験もあり、残虐性を持ち合わせた者もいる。この国でも、鬼なんかは昔から恐れられているだろう」

「ネイティブ、かぁ。でも、ネイティブってヒューマンと共存関係にあるんでしょ? それこそ、ヒューマン社会に溶け込んでいるのも居るとか」

「…………嗚呼。そう言う奴らは、見た目だけではヒューマンと全く変わらない連中ばかりだ。電車でたまたま隣の席になった相手がネイティブであったりとか、クラスメートがネイティブである可能性もある。連中の大半はヒューマン以上の力を持っているし、いきなり襲いかかってくるとも……分からない」

 澪は歯切れ悪くなりながらも、ぽつりぽつりと言葉を零す。雨と雷鳴の所為もあって、注意しなくては掻き消されてしまいそうだ。
 アマリリスは「んー」と声を上げると、

「でも、それを言ったら、ヒューマンだって同じじゃん? ヒューマンだって凶暴なやつもいるし、今はコードシステムっていう魔法の力も手に入れちゃった。そういう、一般人以上の力を持った人達が使い道を間違えたら、結局同じなんじゃないかなぁ」

 傘に雨粒を躍らせながら、かくんと首を傾げた。「どう?」と澪の方を見ると、何やら考え込むように黙っていた。
 アマリリスにとって、そう言う意味でも棗を尊敬していた。彼はコードシステムを駆使しつつ、並外れた身体能力で敵を屠る。その矛先は、弱者を虐げる者に向いていた。

 自分の力に溺れることなく他人の痛みを知っている彼を、アマリリスはいつしか心の師として崇めるようになっていた。
コードシステムを使う事でしか魔法が使えないという落ちこぼれの自分だが、棗の背中を見ているうちに新たな未来が切り拓けるのではないかという希望すら見出している。
 そんな棗を紹介するのは、とても誇らしかった。澪は棗の事を何か知っているようだったが、悪い噂とかでは無いだろう。

 だが、アマリリスはあまりにも無知であった。月詠棗というのが、一体どのような人物であるかという事に対して。





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