棗は静かに二人の方を向いたかと思うと、

「力で居場所を手に入れたとしても、それは真の共存に繋がらない。俺がその時代に居たとしても、同じ道を歩んだだろう」

 闇夜のように深い漆黒の瞳は、月の光を浴びて澄み渡った色をしていた。
 凛としたその表情に、澪はハッとする。それと同時に、堪えていたものが一気に込み上げて来た。棗の姓を知ってから溜めて来た想いが。

「け、けど……! 俺のご先祖様がもっとよく調べていたら……。月詠の一族が人と共存し続けていたとしたら、もしかしたら、滅びの道は避けられたかもしれないんだぞ!?」

「それとこれとは関係無い。お前が気に病む事もない」

 棗は、月詠一族の最後の一人は、戸惑う澪にきっぱりと言ってみせた。
 憑き物が落ちたような顔になる澪の隣で、アマリリスが遠慮がちに顔を出す。

「な、棗さん……!」

「……なんだ」

「棗さんって、人間じゃないんだよね? で、でも、どうして人間の味方をするの?」

 澪が言っている事が本当ならば、少なからず、人間に対して疑問や怨恨を抱く事だろう。だが、棗は人間と共存し、人間として生きている。

「俺は、人間の味方と言うわけではない」

 囁くような棗の言葉。それでも、夜風はアマリリスの耳にしっかりと届ける。

「え……? でも……!」

「俺は、弱者の味方だ。力に抗う術を持たない者達を守るべく盾になり、刃になる。そこに、種族は関係ない」

 棗は棗だった。

 魔獣だろうがなんだろうが、アマリリスが密かに師事した棗は変わらなかった。思わず顔を綻ばすと、力強く頷く。

「そうだよね! それでこそ、私が好きになった棗さんだよぅ!」

「…………」

 棗は何故か、満開の笑みを咲かせるアマリリスから顔をそらした。への字に歪められた口元は、ほんの僅かにはにかんでいるように見える。


「……兎に角、俺は」

 こほんと咳払いをすると、棗は踵を返した。視線が向かう先には、崩れた煉瓦の塀が見える。ツェーザルを叩き込んだ場所だ。

「他者に喪失感を味わわせたくない。それだけだ」

 積み上げられた煉瓦の破片がカランという音を立てて崩れる。無残な瓦礫の隙間から、白い手袋をした右手が現れた。

「その為に、ツェーザル=シュトライヒ。お前を止める!」

 次々と崩れ落ちる瓦礫。その中から、土埃を被ったツェーザルが姿を現した。
 執事服の所々が破け、後頭部を打ちつけた所為で頭から出血をしているものの、相変わらずの笑顔を湛えている。

「御見それ致しました、棗様。まさか、貴方がネイティブだったとは」

「……たいしたことは無い。人間でありながらもそれほどまでに強靭な肉体を持つ、お前に比べたらな」

 棗の表情に僅かな驚愕が浮かぶ。その胸の中では、ツェーザルに戦慄すらしていた。
 魔獣の姿と人間の姿では、攻撃の威力や速度が格段に違う。特に、馬の姿をしたバイコーンの足の破壊力は高く、コンクリートの壁も容易に破壊できる程だ。
 その蹴りが二撃も、しかも懐にまともに入ったのにも拘らず、ツェーザルは立ち上がったのだ。






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