長身の棗よりも更に顔半分ほど背が高く、アーミージャケットからはがっしりとした筋肉質の体躯が伺える。まるで獅子のような雰囲気をまとった中年の男は、まるで待っていたかのように棗の前に立ちはだかる。 「誰!? 棗さん、この人と知り合い?」 「……『伝達者(メッセンジャー)』。――久しぶり、か。ミスター・ブライト」 「そうだな、ミスター・ツクヨミ。バニッシャーとして事務所を構えたと聞いて、やって来た」 ブライトと呼ばれた男は棗に紙袋を渡す。巨漢の彼が携えると、それなりに大きいであろう紙袋も小さく見える。中に入っているのは菓子折りだろうか。 「気を使わなくて良いというのに。……だが、有難う」 「つまらないものだがな」 ブライトは無骨な顔を苦笑で歪めながら肩を竦める。 「それと、今日はそれを渡す為だけに現れたのではない。お前がボーンコレクターの猟奇事件を調べていると聞いて、情報を与えに来た」 「相変わらず耳が早いな。いつも、助かる……」 「お前と私の仲だ。気にするな」 ブライトは情報屋たるメッセンジャーとバニッシャーを兼業しており、棗との付き合いが長い。棗にとって、数少ない気の置けない人物であった。 「ボーンコレクターの犯人に、目星でもついているのか?」 「いや、それは確かな情報でないから教える事は出来ない。だが、お前と同じくボーンコレクターを調べている人物ならばいる」 「俺と、同じように……」 ブライトは頷いた。彼は背後で行き交う雑踏と、棗達がいる閑散とした裏路地を隔てている。二つの世界の境界が顕著になり、彼の声を余計にはっきりとさせたものとなっていた。 「――そう。その人物とは、『怪談狩り』だ。お前も話にだけなら聞いたことがある筈だが」 「怪談狩りが? ……そうか」 棗の記憶が確かなら、怪談狩りとは、古来より人々を苦しめる異形を退治して来た或る一族を指す言葉であった筈だ。 人々の間で噂される怪異の原因を探り当て、人々に危害を及ぼす者の仕業ならば、それを排除するのだ。原因が排除された噂話はぱったりと途絶える。それが、怪談狩りの名の由来だ。 「俗に言う、人間と敵対する『妖怪』というものに分類される者達を相手にしている退治屋だがな。それでも、インベーダーと妖怪、大した差はあるまい」 「いや。妖怪には異世界から現れた者と、この世界に元々住んでいた者がいる。同じ枠で括られるのは、複雑だな」 「……古来族(ネイティブ)か。それは失礼した」 ブライトはこの世界に住んでいる異形、否、人ならざる者の事を思い出す。 彼らは永き時を人間(ヒューマン)と共存し、時に人に畏れられ、時に人を助けたりもしていた。鬼や吸血鬼や魔獣などもその一種である。 人に悪さをしてしまったネイティブが退治されるという話も少なくはないが、必要以上に互いの領域に入り込まないというのが暗黙の了解だった。 そもそも、この世界には魔法も異形も存在していた。ただ、現存数が少なかったり、表の世から逃れるかのようにしているから、無いも同然に扱われてしまうのだ。 現にアマリリスは、本人こそ落ちこぼれ故にコードシステムに頼るしかないのだが、本来ならばコードシステムを利用せずとも魔法が使えるという魔女の一族なのである。 そして、生まれながらにして魔法を使う才能がある人間の事を、古代種(エンシェント)と呼ぶ。 怪談狩りはコードシステムが開発される前から活動を続けていたというから、もしかしたら彼らの一族もエンシェントなのかもしれない。 「いずれにせよ、ボーンコレクターを追ううちに怪談狩りに会いそうだな。あちらの目的とこちらの目的が一致すれば良いんだが」 「怪談狩りと協力しようというのか。あれはなかなか気難しいぞ」 ひょいと肩を竦めたブライトに、棗は怪訝そうな顔をする。 「会った事があるのか?」 「まあな。お前も扱い易い方ではないが、あれはどうも横柄で困る」 「…………。俺は扱い難いのか」 扱い易いと断言されても複雑だが、扱い難いというのも微妙なものである。棗は眉間に皺を刻んだままブライトをねめつけた。 だが、ブライトはふっと口の端に笑みを浮かべると、 「そうだな。特に、自己犠牲意識が強過ぎるところが。いつ死んでしまうか冷や冷やする。もっと自分を大切にしろ」 と、大きな手を棗の頭に乗せた。 頭を撫でるブライトと、驚いたように目を瞬かせる棗。その様子はまるで親子、否、先生と生徒のように見えた。両者の間に存在する確かな信頼関係に、やり取りを眺めていたアマリリスは温かさすら感じた。 「他人を守るのは構わないが、お前が倒れたら悲しむ人間の事も忘れるな。他人に頼ることが迷惑かも知れないとか、そんな余計な事は考えなくていいんだ」 「…………」 棗は答えない。ブライトの言葉に聞き入っているのか、それとも拒否の意を殺しているのか、沈黙だけが彼を支配する。 「まあ、無理をして体を壊したら、守れるものも守れなくなるという事だ」 「……心得ている」 棗のその一言に満足そうに頷くと、ブライトは踵を返す。然るべき情報を与えた情報屋は、雑踏の中へと消えて行こうとしたが、 「そうだ。お嬢さん、棗が無茶をせぬよう見張っていてくれないか。もし無茶をするようであれば、その箒で殴り倒してもいい。私が許可しよう」 アマリリスの方を向いたかと思うと、そんな事を言ってみせた。 一瞬、キョトンとするアマリリスだったが、すぐさま背筋を伸ばして敬礼のポーズを取り、 「イエス、サー! この美少女魔女っ子アマリリスちゃんにお任せを!」 「はははっ。頼んだぞ」 ブライトは今度こそ雑踏の中へと消えていく。棗とアマリリスは、その大きな背中が人混みに完全に飲まれるまで見送っていた。 「棗さん、今の人――ブライトさんと随分と親しそうだったけど……」 「俺がバニッシャーになりたての頃、世話になっていた。今でもよく世話になっている」 「じゃあ、棗さんの先生ってこと?」 「そうかもしれないな。戦いのイロハから基礎学力まで、全て彼に習ったようなものだ」 「あれ。じゃあ、棗さん、学校には……?」 「行っていない。そんな暇もなかったしな」 インベーダーとの戦いに明け暮れる毎日で、少年時代は少年らしいことを何一つとして、していなかったような気がする。 それに加え、棗にはある事情があったのだ。 「……ふぅん。とてもそう見えないんだけど。棗さんって、結構博識じゃん。私のレポートも良く手伝ってくれるし!」 「学校には行っていないが、勉強をしなかったわけではない。分からないことがあれば、自分で調べていた」 棗の言葉に、アマリリスは「ほへー」と間の抜けた声を上げる。 「棗さんって、努力家なんだね。いや、なんかもう、ちょっと性格を見れば一目瞭然だけど」 尊敬の眼差しを送るアマリリスに、棗は僅かに苦笑を浮かべた。その胸の中には、ボーンコレクターと怪談狩りの事が渦巻いている。 果たして、ボーンコレクターの目的は何なのか。怪談狩りとはどんな人物なのかと。 見上げた空は相変わらずの鉛色で、まるでこれからの波乱を予言するかのように低く俯いていた。 |