澄み渡った夜空に冴えた満月が浮かぶ。
 屋敷の庭園に向かってポプラ並木が伸びており、騎士を象った彫像が庭園の入り口を守っていた。庭園には庭木で作られたアーチや白亜の東屋が佇んでいる。

 だが、庭園を彩る筈の花園には花一つ見当たらない。全ては蕾となっており、口を固く結んでいた。
 そんな様子を眺めている屋敷は闇に包まれている、否、一部屋だけ明かりが灯っていた。二階の角部屋――ベッドルームだろうか――から零れる淡い光の中で二つの影が躍る。

 次の瞬間、ガラスが砕ける音と共に光が爆ぜた。
 飛び出して来たのは闇に溶けそうな黒コートの青年と、長剣を携えた執事服の青年であった。
 棗とツェーザル。二人は石畳の地面に着地すると同時に、ポプラ並木を走り出す。

「残念です、棗様。貴方とはもっと違う形でお会いしたかった」

 ツェーザルの刃が閃いた。解き放たれた剣閃は棗の脇を掠め、背後にあったポプラの木の幹を粉砕する。
 爆風をあげながら崩れ落ちていくポプラの木を背後に感じながら、棗は無言を返す。

「…………」

 ツェーザルとの距離は蛇腹剣の射程外であった。蛇腹剣の一撃を浴びせるには、更に接近しなくてはいけない。だが、

「――ですが、このような形で運命が交わってしまった以上、仕方がありません。棗様、ご覚悟を」

 ツェーザルが斬馬刀を振るえば、それがカマイタチとなって襲い掛かってくる。地を蹴って前進しようとした棗は、咄嗟に後ろに飛び退いた。刹那、耳障りな音と共に目の前の石畳が飛び散る。
 棗の視界を瓦礫の破片で埋めながら、ツェーザルは自ら棗との距離を縮めた。
 ぐんっと踏み出される足に、急接近した相手の顔。ツェーザルのヘテロクロミアの瞳が棗を捉えたかと思うと、棗の首目掛けて斬馬刀が唸る。

「――くッ!」

 棗は身をよじって斬馬刀の軌道からそれ、残った数本の髪がカマイタチに浚われる。闇の名残を夜に散らしながら、斬馬刀の斬撃は沈黙していた騎士の彫像を直撃した。
 前の屋敷の持ち主が芸術家に作らせたのだろうか。精巧に作られた鎧姿の騎士は、胴体から真っ二つになって冷えた夜空を舞う。

「……なんという威力だ。迂闊に近づけん」

 通りをゴロゴロと転がっていく騎士像を尻目に、棗はポプラ並木の通りから飛び出した。ポプラの木は両者の間を裂くように並んでいるが、ツェーザルの斬馬刀の前では盾にすらならないだろう。
 それでも棗は、ポプラの幹の間から相手の出方を窺う。

(周囲を巻き込む攻撃とは厄介な……。かわしたとしても、瓦礫に邪魔をされて反撃が遅れる……か)

 ツェーザルの一閃は、一撃必殺と言っても過言ではなかった。剣撃をまともに浴びれば、ただでは済まないだろう。一瞬のミスが命取りになる。

(攻撃の動作自体はそれほど速いわけではないが……)

 飛び散った瓦礫さえなければ、懐に潜る事は可能だ。しかし、容赦なく壁に叩きつけられても平然としていたところを見ると、蛇腹剣が通用するかもわからない。
 斬馬刀の切っ先が真空刃を生み出し、大気を切り裂いていった。棗の目の前にあった彫像の腕は容赦なく木っ端微塵に破壊され、月光を受けた破片がダイヤモンドダストのように舞い上がる。
 その向こうでツェーザルが目を細めたのを見て、棗はハッと気付いた。

「そうか……!」

 距離を詰めるツェーザルに、棗は、一際大きな馬の上に乗った騎士の彫像の後ろに飛び退く。

「いつまで逃げるつもりですか、棗様!」

 一喝と共に放たれた一閃は彫像の中心を捉える。ずぅんと言う衝撃音が響いたかと思うと、彫像は音を立てて崩れ始めた。
 だが、降り注ぐ赤子程の瓦礫の向こうに居る筈の棗が居ない。ツェーザルは月光を頼りにその姿を探すが、突如、闇が彼の視界を覆った。






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