飛び散る鮮血と崩れ落ちる棗に、アマリリスは声にならない絶叫を上げる。

 ツェーザルが袖口に隠し持っていた短剣で、棗の首筋を切り裂いたのだ。ほとばしる鮮血に染められる刃を見て、ツェーザルは恍惚とした表情を浮かべる。

「骨組に、血。これで御主人様の肉体を作り上げる素材が揃いました。――棗様、ご協力感謝致します」

 地に伏せたまま動かない棗に一礼すると、執事服を翻して階段へと向かう。
 澪は動かしたら壊れてしまいそうな体に鞭を打ちながら、その背に向かって印を結ぼうとする。だが、

「棗さん、棗さん!」

 アマリリスの悲痛な叫びが耳に届いた。澪は首を横に振ると、残った力を振り絞って棗の方へと向かう。先に駆けつけたアマリリスは、乾いた涙の跡を再度濡らしていた。
 棗は床を赤く染めて倒れている。斬られた場所が場所なだけに、出血が酷かった。

「アマリリス、とにかく止血をするんだ。もしかしたら、助かるかもしれない」

 助かる可能性は低いけれど、という言葉を飲み込みながら、傷の具合を診ようとする。しかし、斬られた傷痕の上には、棗の手が覆い被さっていた。
 倒れる瞬間、反射的に傷を押さえたのだろうか。
そんな事を思いながら手をどかそうとしたが、澪は気付いてしまったのである。棗の手に付着した血液が、乾き始めている事に。

「な……! 出血し続けているのなら、乾く筈が……!」

 驚愕する澪の目の前で、棗の身体がぴくりと動く。

「………………切傷なのが、不幸中の幸いだった。細胞が潰されなかったお陰で、すぐに傷が塞がった」

「へっ!? 棗さんッ?」

 ゆっくりと体を起こす棗に、アマリリスはただでさえ大きな目を更に見開く。棗は出血の所為で顔が青ざめていたが、いつもどおりの朴念仁面になると、

「心配掛けて、すまない。大丈夫だ」

 そっと傷口から手を放すと、驚いたことに傷が塞がっていた。先程の出血からして、傷はそれほど浅くないにも関わらず、だ。

 流石のアマリリスも、これには言葉を失った。

「棗さん、ど、どんな体してるの? 一流バニッシャーのタマモノ?」

「……そんな事より、ツェーザルを追うぞ。奴の言っていた主とやらが何者なのか確かめねばなるまい。もし、復活させてはいけないものであれば――」

 棗は蛇腹剣を拾い上げると、階段に視線を向けた。点々と滴る血は、ツェーザルの短剣についた棗の血だろう。これを追っていけば、彼の向かった先に辿り着ける筈である。

「バニッシャーの名にかけて、消し去る他ない。奴が主の刃なら、俺は戦う術を持たぬ者の刃だ」

 戦う術を持たない弱者に災いが降りかかるのであれば、それを取り除かなくてはならない。もし、主とやらがそうでなかったとしても、

(俺は、あの男を許す事は出来ない…………)

 亡くなった人の数だけ悲しみがある。どれだけの家族とどれだけの友人知人が喪失感を味わった事だろう。幼い頃に、両親を含む全てを喪った棗にとって、それは耐え難いものであった。

「行くぞ……!」

 棗はコートを翻して階段を駆け上がる。アマリリスと澪もまた、それに続いた。






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