エントランスホールの正面には幅の広い階段があり、二階から吹き抜けになっている。その薄暗い廊下から、ゆらゆらと揺らめく炎が現れた。 幽鬼のように妖しく踊る灯りを手にしているのは、執事服をまとった長身の青年であった。深い海の色をした髪が白い首筋に散らばり、深蒼と金のヘテロクロミアの瞳がアマリリス達を捉える。 「ようこそお越し下さいました。僕はこの屋敷に仕えている執事、ツェーザル=シュトライヒと申します」 執事――ツェーザルは招かれざる客人に向かって恭しく頭を下げる。隙の無いきっちりとした礼は、まるでそうするように作られた人形がしているかのようであった。 ツェーザルが現れただけで、怪談話の舞台たる廃墟が上流貴族の屋敷へと変化する。アマリリスも澪も、本来の目的を忘れて頭を下げてしまったほどだ。 彼には場を一転させるほどの存在感があった。 すっと上げた顔に浮かぶのは柔和な微笑み。だがそれは、喜怒哀楽のどれにも当て嵌まらない、作られた笑みであった。 客を持て成す事を目的として作られた笑顔を顔に張り付かせ、本心を読ませる隙を相手に与えない。他人の詮索を拒む微笑は、それだけで威圧感があった。 アマリリスも澪も察する。この男が、只者ではないという事を。 ツェーザルは眉尻を下げて苦笑を貼り付けると、 「折角お越し頂いたのですが、残念ながら、アポイントの無い面会はご遠慮頂いております。どうか、日を改めて頂けないでしょうか?」 コツンと靴音を立てて階段を下りる。その度に蝋燭の炎が揺れて、三人の影が先程の低級インベーダーのように揺らめいた。 「そ、そこを何とかぁ……。ちょこっと話を聞きたいだけなのよぅ」 アマリリスはもじもじと人差し指を弄る。魔女帽の下から大きな瞳を覗かせて、上目づかいでツェーザルを見上げた。 「ふむ……。お話、ですか」 下手に出るアマリリスに、ツェーザルは目を瞬かせる。ほんの少し、素の表情を垣間見た気がしたアマリリスは、心の中で安堵した。 だが、 「どうやらこの屋敷全体の空間に歪みが生じているようだな。碌でもないものを隠しているか、碌でもない儀式でもしているのだろう!」 澪の一喝が二人の間に割って入る。作り上げられた緩い雰囲気に亀裂を入れられ、アマリリスは思わず鼻水を噴き出しそうになった。 「ちょ、澪っち、空気読んでよぅ!」 「黙れ。まだるっこしいのは嫌いなんだ」 きっぱりと言い放った澪は、アマリリスを押し退けてツェーザルをねめつける。だが、彼は爽やかなまでの笑顔を貼りつかせたままであった。 「随分な言われようですね。……根拠は、あるのですか?」 「嗚呼。持ち主がいなくなった筈の廃墟に出入りする男に、溢れ出てくる低級インベーダー。胡散臭い札がこれだけ揃っているんだ。怪しい者でないとは言わせないぞ」 横からハラハラしながら様子を見ていたアマリリスは、ツェーザルの片眉がぴくりとつり上がるのを見逃さなかった。 「――言え。これ程までに場を歪ませた原因は、何なのかを!」 澪の叫び声が反響する。それと同時に、三人の間に流れる時が止まった。 いつの間にか、ツェーザルの表情から笑顔が消えていたのである。 「仮に、そのような事をやっているとしましょう。それを白状したら、貴方はどうなさるおつもりなのですか?」 ツェーザルの問いかけに、澪は迷うことなく答えた。 「無論、怪談狩りの名にかけて全力で止める。どんな手段を用いてでも、な」 「…………」 無言のツェーザルに、睨みつけたままの澪がじりっと詰め寄る。アマリリスは手にしていた箒に縋りつくかのように、ぎゅっと抱いた。 両者の間を支配する沈黙。気を緩めたら押し潰されてしまいそうな緊張感と共に、永遠に続くと思われた。 しかし、「はぁ」というツェーザルの溜息が沈黙を裂く。 「そこまで察されているのなら仕方がありません。僕は不器用なものでして、どうも誤魔化すのが下手なんですよね」 暗に澪の言葉を認めるかのような発言が毀れた。余りの素直さに肩透かしすら感じる澪とアマリリスであったが、 「だからと言って、邪魔をされても困りますから、お二人には消えて頂く事に致しましょう」 ツェーザルと相対する二人は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。刹那、眼前に一閃が走る。 「なにっ!?」 「うきゃあ!」 身を屈める澪と、床に転がりこむアマリリス。鋭利な風がその上を掠め、空間を切り裂いた。背後の壁をえぐるような爆音と、荒れ狂った風が二人の背中を襲う。 「い、今のは……」 澪の驚愕に満ちた瞳が映したのは、一振りの長刀――斬馬刀だった。水が滴りそうなほどによく磨かれた刃には、濃厚な殺気と物質界とは異なる力が宿っている。それが、斬馬刀が魔力で形成されたものだという事を物語っていた。 「……まさか、コードユーザー!?」 目を丸くするアマリリスに、ツェーザルはにっこりと微笑んだ。貼り付いた笑みの爽やかさと、刃に宿る狂暴性のギャップが、見る者に恐怖という感情を植え付ける。 「はい。武器生成タイプの攻撃特化型です」 斬馬刀を携えた執事は、短くも恐ろしい一言を吐いた。 |