ヘルハウンドを排除した後、棗は気絶したままのアマリリスを事務所までつれて帰った。相手の正体が何にせよ、公園のベンチに放置しておくわけにはいかない。もしかしたら、怪我をしているかもしれないのだ。
 だが、棗は心底余計な心配だったと思った。アマリリスが目を覚ますまで、昼食でも作って待っていようとした、その時である。
 焼き始めたキッシュの香りに、アマリリスが飛び起きたのだ。

「あー、生き返るぅ! シティホライズンに着くまで、殆ど飲まず食わずだったのよ! もー、飢え死にするかと思ったわぁ!」

 ガツガツとホットケーキを食べる、いや、貪るアマリリスは、頬にホットケーキの欠片を付けながらそんな事を言った。
 事実、彼女の荷物には食料らしきものは一切無く、保存食の紙片と空の水筒があるだけであった。

「海の上は大変だったわぁ。どっこにも休む所が無いんだもの」

「陸を行けば良かっただろう。海外から遥々渡来して来た訳でも無いのだから」

「そりゃそうだけど、陸はインベーダーと遭遇する確率があるじゃん? 海なら人が居ないし、インベーダーだって来ないと踏んだのよぅ」

 アマリリスは大きな瞳をくりくりと動かしながら棗を見つめた。今は、魔女帽もマントも脱いでいる。こうして見ると、何の変哲も無い普通の少女に見えた。

「ところで棗さん、お肉は無いの? お肉!」

「……肉は好きじゃない。それに、うちは料理店ではない」

 そう言いながらも、棗は野菜がみっちりと詰まったキッシュをアマリリスに差し出した。ぱっと表情を輝かせたアマリリスは、その皿を受け取ったかと思うと、口いっぱいに頬張る。

「むふー。だって、美味しいんだもん! チャーハンおかわり!」

「米がもう無い」

 空になった米びつを抱え、半目になる棗。冷ややかとも取れる視線に、流石にアマリリスも申し訳無さそうに眉尻を下げるしかなかった。

「ご、ごめんね? ずーっと飛行術のコードを発動させてたから、お腹が空いちゃって。そ、その、この借りはちゃんと返すから……」

「……別に良い。それよりも、聞くところによれば随分と離れた地方から来たようだが――一体、この街に何の用だ?」

 棗はアマリリスに向かい合うように、キッチンテーブルの席に着いた。
 コードシステムは子供が持てるほど安いものではない。一体、どんな経緯で入手したのかも気になる。
 棗の問い掛けに、アマリリスはフォークを止めた。棗に見つめられると、言い辛そうに視線を落とす。

「わ、私ね、こんな格好しているから分ると思うけれど、魔女の末裔なの。でも、落ちこぼれで……コードシステム無しでは魔法が使えなくて……」

 アマリリスは、もごもごと口の中でそう呟く。
 彼女の話によれば、彼女は本来ならば、コードシステムなどに頼らなくても魔法を使うことが出来るというエンシェントに属す筈なのだ。しかも、魔女と言えば、古き魔法の使い手として有名であった。

「だ、だから、魔女協会の支部でずっと修行をしてたのよぅ。だけど、全然駄目。インベーダーに対抗する処か、灯りの一つも生み出せないの」

「魔女協会……。そんなものが現代に残っていたとはな」

「ひ、秘密よ!? 他の人には秘密よ! 今更、魔女狩りだとか騒ぐ人は居ないと思うけど、そういう決まりだし……」

 アマリリスはぽそぽそと呟くと、ハッと顔を上げた。その顔色は蒼白である。

「棗さんに言っちゃった! どうしよう、お仕置きされちゃう……!」

「安心しろ。俺は言わない。他の連中にも、魔女協会の者達にも」

 きっぱりと言いきった棗に、アマリリスは胸を撫で下ろす。

「ありがとう、棗さん。へへへ、料理も美味しいけど、実は優しいんだね」

「…………」

「あれ? その反応は照れてる? 照れてる?」

 棗がはにかむように口を閉ざしたのを見て、アマリリスはからかうように言った。棗はさり気無く視線を逸らしながら、

「話の続きは?」

「あ、そうそう! でね、どんなに修行しても全然駄目駄目だから、コードシステムを渡されて放り出されたってわけ」

 魔法が使えない魔女は、一族の恥さらしだ。だから面子を守る為と、せめてもの慈悲として、アマリリスにコードシステムを与えたのだろうか。
 説明し終えたアマリリスは、深い溜め息を吐く。事実を再確認して意気消沈したのだろうか。それでも、野菜キッシュをもくもくと食べていたが。

「事情は分った。で、これからどうするつもりだ?」

「シティホライズンの南十字学園に入学することになってるの。あそこは魔女協会がスポンサーをしている学校だからって」

「嗚呼、あそこか」

 棗は、事務所の窓から見える白い時計塔を眺めながら呟いた。
 それは南十字学園のシンボルたる施設で、正午になるとレトロなチャイムを響かせるのだ。
 また、南十字学園の広い敷地内には、小学部から高校部までの校舎が入っている。噂によると、かなりの名門らしく、普通では入学できないのだという。

「……まあ、給食は美味いだろうな」

 棗は、積み重ねられた空の皿に視線を落としながらぼやいた。満足そうに腹を擦るアマリリスの表情は、実に幸せそうなものである。

「ふー、ご馳走様ぁ。ホント、生き返ったわ! 生き返り過ぎて天国の扉をノックしちゃったわよぅ」

「そうか……。怪我もしていないようだし、気が済んだのならば行くと良い。南十字学園はこの事務所から十分も掛からない」

 空を飛べば直ぐだろうがな。と付け足しながら、棗は席を立った。
 アマリリスを見送ろうと玄関に立つが、肝心なアマリリスは動こうとはしない。

「どうした?」

「事務所って、棗さん、ここで何してるの? さっき、インベーダーとも戦ってたし、もしかして……」

「バニッシャーだ」

 棗が答えると、アマリリスはパッと表情を輝かせる。

「そうそう、それそれ! ね、ね、棗さん、提案があるんだけど」

 ぴょんと椅子から飛び降りれば、魔女帽を被り、マントを羽織り、箒を手にした。彼女は目をキラキラさせながら棗に駆け寄る。アマリリスの棗を見上げる仕草は二人の身長差を感じさせた。






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