雷鳴が轟き、稲妻が龍の如く天を這う。 先人は天が落ちるのを危惧する事を大げさな心配の例えとしていたが、それが今、正に起きようとしていた。 渦巻く雲の隙間から見えるのは、見た事も無い大地。草木の生えぬ荒廃した土地は徐々に接近し、ついには大地の割れ目や砂の匂いを捉えられるほどとなる。 森に囲まれた集落の中では、誰もが絶望の縁に立たされていた。 このまま全てが大地と大地に押し潰されてしまうのだろうか。家も家族も、自分達が築いて来た歴史も。 そんな中、更に追い討ちをかけるように、一体の巨大な異形が降り立つ。空を覆ってしまうほどの翼を広げ、迫り来る大地に届かんばかりの体で立ちはだかった。 この世界に存在していなかった筈の異形は、集落を囲う木々よりも太い爪を振るい、人々が寄り添って暮らしてきた集落を蹂躙する。集落の人々は戦う術を持っていたにも拘らず、歴然たる力の差の前に屈するしかなかった。 絶望と阿鼻叫喚に満たされた集落の中、男と女は少年の手を取って走っていた。 積み重なる死体や足元に転がる人の一部すら気にせずに、集落外れの隠し通路へと向かう。 「いいか。この地下道を抜ければ人里に着く。我らの集落はもって数分。全てを食い尽くせば、あの異形は人里に下りるだろう」 「貴方はこの危機を伝えるのよ。『彼ら』との接触を長い間断って来たけど、それは今日で終わり。――貴方は、『彼ら』と共に生きなさい」 男と女は優しくも力強い眼差しで少年を見つめていた。父親と母親の目だった。 「父上、母上……!」 「さあ、行くんだ!」 悲しみに顔を歪める少年の体を、男は渾身の力で突き飛ばす。 少年の体が隠し通路の中へ転がり込むと、二人は石で出来た重々しい扉を確りと閉ざした。鍵をかける音が、少年と二人の決別を印す合図となる。 「父上、母上! 嫌だ。僕も戦う!」 勝利の見込みは絶望的だった。戦う術を持った一族とは言え、長く続いた平和な年月ですっかり鈍っていたのである。両親と共に戦うという事は、この少年にとって両親と共に死ぬというのも同然であった。 それすらも厭わないと言わんばかりに石の扉にすがりつく少年だったが、 「……。よく、聞いて? あの魔物相手では、私達なんて蟻ほどの力しかない。きっと、貴方が共に戦っても、抗う術も無く殺されてしまうでしょう。――だから、貴方は生きなさい。ここは、私達が食い止めるから」 バサリと扉の向こうで羽音が聞こえた。絶望を誘う魔物の羽音だ。 「早く行きなさい! そして、誰かに二度とこんな想いをさせないようにしなさい。貴方の知らせで、何人かが助かるかもしれないのよ!」 その一言に押される様に、少年は反射的に立ち上がった。その眼には戸惑いがあるものの、足は覚悟を決めたが如く動き出す。 「そう。それで良いのよ。そして、いつか貴方に愛しい人が出来た時に、守れるほどの力をつけなさい」 天が落ちるというのに彼女は未来を見つめていた。今は幼い息子の先に続く道を確信していた。 「元気でね。――棗」 父と母の最後の姿を心に刻みながら、少年は走り続けた。地下道を抜け、潮風が香る繁華街に出た頃には、空を支配していた大地は消えていた。 |