そこには、スーツ姿の長身の女性が立っていた。スッと伸ばされた背筋と殺気を灯した双眸に隙はなく、威厳と風格を兼ね揃えている。
 そう、彼女こそがエンブリオカンパニーの社長、エナ=エンブリオであった。
 その背後には、数人の赤い制服の戦闘員が構えている。出口はエンブリオが居る一箇所のみ。
 棗達は退路を塞がれてしまった。

「ようこそ、エンブリオカンパニーへ。そして、お帰り。――アリス」

 エンブリオの一言に、アリスは引き攣ったような声を上げ、ふるふると必死に首を横に振る。

「あ、貴方なんて知らない……! 私はただ、パパを探しに来ただけです!」

「志藤アキツの事か? ふん、あの男には確かに『志藤有栖』という一人娘が居たがな」

「居た、だと……?」

 片眉を吊り上げて苦笑するエンブリオに、棗は訝しげに眉を寄せた。

「そう、居たんだ。数年前、ゲート接続の実験中に巻き込まれて死んだ。あの男の目の前で」

「――何!? では、ここにいるアリスは……!」

 棗が振り返ると、アリスは必死に耳を塞いでいた。まるで、突きつけられた言葉を拒絶するかのように。

「あ……やめて……。お願い、やめて……」

「いいや、この際ハッキリした方がいいだろう。――ここに居る『アリス』は志藤アキツの一人娘の『有栖』ではない。あの男が思い描いた、ただの幻影だよ」

 ゆっくりと、優雅とすら思わせる仕草で、エンブリオは手近なモニタのパネルを操作する。すると、三人の目の前に立体映像として志藤アキツのデータが表示された。
 頬がこけた頼りの無い中年男性の顔写真が映っている。白髪混じりのその男性こそが、志藤アキツであった。
 そして、その娘の有栖は――。

「三年前、小規模ゲートクロス実験の際に事故死。遺体は見つかっていないが、生存率はゼロ……。そんな、馬鹿な……」

 棗の隣でデータを見ていたアリスは、その言葉と同時に崩れ落ちた。
 有栖の顔写真はアリスと瓜二つだったが、烏羽玉の髪に黒曜石のような瞳をしている。アリスのような繊細さは無く、死亡した人間だとは思わせないほどに生命力に満ち溢れていた。

「じゃあ……私は一体誰だって言うの……? 私にはちゃんと、学園に通っていた記憶もあるし、幼い頃からの友達だって……」

「だが、どれも鮮明では無いだろう。それは、お前があの男から聞いた『有栖の思い出』を元にして作った偽りの記憶だ。――思い出せ。お前が一体何なのかを!」

 ダンッとモニタに拳を振り下ろす音に、アリスはびくりと体を震わせる。頭を抱えたまま目を見開き、己の内から湧き上がる何かを必死に抑えようと歯を食いしばった。

 棗はその様子を見つめていた。小刻みに震えるアリスの体は一層小さく見え、今にも押し潰されそうだ。今ならばエンブリオの発言を阻み、彼女を守ることも出来るだろう。

 しかし、棗にはそれが出来なかった。


 ――私は一体、何者なんでしょうか?


 そう言ったアリスの表情が鮮明に脳裏に再生された。胸に広がる不安を必死に押さえつけているような笑顔に、棗の心はチクリと痛んだのだ。今、エンブリオの口を閉ざしてしまったら、アリスの正体は一生分らないかもしれない。
 そんな想いが、彼に沈黙という行動を取らせていた。

 だが、エンブリオは容赦なく、残酷なまでに声高らかに『事実』を突きつける。

「お前も気付いている筈だ! 人間とは違う『何か』に! 思い出せないのなら、私が思い出させてやろう。お前は――!」

「やめてぇ!」

 アリスの悲痛な声が研究室に響く。恐怖と戸惑いが渦巻く中、その宣告は容赦なく紡がれた。


「お前は人間ではない。――情報思念体と化した『Aliceシステムの核』。それがお前の正体だ!」








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