ヘビモス・イミテーションの遺体を背に、三人は地下へと繋がるエレベーターに乗り込む。
 軽い浮遊感が包み込む中、三人は沈黙していた。
 棗とエニグマが俯いて黙り込み、アリスは気まずそうにフロアを表示するパネルをしきりに気にしている。

「何故だと思う?」

 重々しい沈黙を唐突に破ったのは棗だった。エニグマは顔を上げると、

「棗も同じ事を考えていたようですね。何故、エンブリオカンパニーの者達が執拗にアリスを欲するのかを。……アリス、心当たりは御座いませんか?」

「ご、ごめんなさい。私にはさっぱり……」

 アリスは申し訳無さそうに身を竦めるが、エニグマは穏和な笑みで「いいのですよ」と首を横に振って返す。

「失踪した志藤アキツの手掛かりを知りたいにしては、妙に念が入った事だ。他の狙いがあるように思える」

 棗の言葉にエニグマも頷くが、アリスはふるふると首を横に振るだけであった。困惑した表情には偽りの気配も無い。

「そして、気になるのがネオヒューマンの存在です。我らが機関に下された予言の、エンブリオカンパニーの恐るべき計画により、世界が混乱に陥るという話――。今までエンブリオカンパニーが隠していたネオヒューマンが、何らかの形で関っているのかと思いますが……」

「コードシステムを埋め込んだ新人類、か。エンブリオカンパニーはコードシステムを使って、一体何を企んでいる……?」

 その疑問に答える事が出来る者は、この場所には存在しなかった。エレベーターの中は、再び沈黙が支配する。
 重い雰囲気が胸を押し潰そうとし始めたその時、アリスが咄嗟に口を開いた。

「そうだ! 棗さん、先程は有り難う御座いました。でも、私の所為で、その……」

 棗はヘビモス・イミテーションの攻撃からアリスを庇い、代わりに壁に叩きつけられることになってしまった。
 あの時は大怪我をしたものかと思っていたのだが、アリスの目に映る棗は、出会った時と同じく平然としている。

「別に構わない。それよりエニグマ」

「はい?」

「お前、癒しの術が使えるような事を口にしていたな。神術はどれほど使える?」

 棗の質問に、エニグマは「ふむ」と唇に指先を置いた。

「まあ、そこそこ――といった感じでしょうか。少なくとも、足を引っ張らない程度には嗜んでおりますよ」

 にっこりと微笑むエニグマの笑顔は不透明で胡散臭く、油断ならないものであった。棗は深く追求せず、「そうか」と軽く肩を竦める。

 だが、アリスは違った。好奇心に満ちた目でエニグマを見つめている。

「人を癒す魔法なんて凄いですね! まるで、昔話の魔法使いみたい」

「私達、エンシェントは同じようなものです。今となっては伝説になってしまった魔法使いの末裔とでも捉えて下さい。まあ、魔法と一言で言っても私の神術から精霊魔法や数式魔法などがありますが」

「…………せ、せいれいまほう?」

 アリスは初めて耳にする単語に目をパチクリさせる。きょとんとするアリスを見つめながら、エニグマはくすりと微笑むと、

「ふふ。魔法について語ると長くなってしまいますので、またの機会に。――今を生きる貴方達には、コードシステムの知識だけで充分だと思いますよ?」

「そ、そうですか?」

「そうですとも。それに、今は悠長な事をしてられませんからね。この先、どんな事が待ち受けているか分りませんから。派手に……暴れてしまいましたし」

 エニグマが棗に視線を向けると、頷くのみの肯定が返って来る。

「時に、本当にお怪我は平気なのですか? 魔力を温存しなくてはいけないとは言え、怪我を治すくらいの余力はありますが」

 エニグマの問いかけに、「必要ない」と棗が返そうとしたその時である。つぅっと背中を撫でられる感触に、棗は思わず鳥肌を立たせた。

「……っ! な、何の真似だ!」

「いえ、背骨に異常がないか確認したのですが」

 それが何か?と言わんばかりに微笑むエニグマに、棗は半目になる。

「平気だと言ってるだろう。そんなに俺が信用ならないのか」

「いえ、別に。でも、お陰で面白い反応が見れました。ねぇ、アリス?」

「えっ? え、ええ……」

 いきなり話題を振られたアリスは、目を丸くしながらもカクカクと頷いた。くすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべるエニグマに、棗は深い溜め息を吐く。
 そんな中、三人を乗せたエレベーターは地下一階へと到着した。エレベーターの扉がゆっくりと開き、これから起ころうとする何かを予告するかのように、ひんやりと冷たい空気が三人を迎えたのであった。






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