ヘビモス・イミテーションは『新人類(ネオヒューマン)』を名乗ったが、アリスの言うとおり、最早その姿はインベーダー――怪物にしか見えなかった。
 オオォーン!とヘビモス・イミテーションが高らかに吼えれば、それに応えるかのように前後のシャッターが閉鎖される。棗とエニグマはヘビモス・イミテーションと戦う事を余儀なくされたのだ。

「……援護射撃を頼んだ」

「ええ、承知致しました」

 エニグマの返答を聞くか聞かないかのうちに、棗は跳んだ。抜き放った蛇腹剣をしならせ、ヘビモス・イミテーションの正面目掛けて解き放つ。その名の通り、まるで蛇の如き動きをしながら、蛇腹剣の刃は壁を削り、床を削ぎ、ヘビモス・イミテーション目掛けて牙を剥いた。
 だが、

「小癪な! この程度の攻撃、軽いわ!」

 ヘビモス・イミテーションは避けるどころか、突進してきたではないか。床を、ビル全体を揺らしながら走ってくるその様は、正に闘牛さながらだ。
 疾風の如く襲い掛かる蛇腹剣の刃を角の一振りで巧みに弾き飛ばし、そのまま棗へと突っ込む。しかし、

「伏せなさい、棗!」

 エニグマが叫ぶと同時に、棗は床に伏せた。刹那、眩い炎の塊が頭上を掠め、躊躇無く猛襲するヘビモス・イミテーションへと襲い掛かる。
 触れずとも、体を掠めるだけでそこに込められた魔力の熱量が半端で無い事が伺えた。全てを焼き払ってしまいそうな劫火に巻き込まれそうな感覚に囚われながらも、棗の双眸は聖焔に包まれたヘビモス・イミテーションの姿を捉える。蛇腹剣の柄を返し、ヘビモス・イミテーションの足元で寝ていた刃を刎ね起こした。
 ぎゅるっ。という風を捻る音と共に、蛇腹剣の刃は悶絶するヘビモス・イミテーションの首元を斬り付ける。放射線状に飛び散った血飛沫が白い床を汚し、刃は主たる棗の元に戻った。

「UGAAAA!!!」

 ヘビモス・イミテーションは耳障りな絶叫を上げながら、ズゥゥンと床に昏倒する。

「……終わりましたね。獣化能力を持ったコードシステムは初めて見ました。これが、ネオヒューマンの力だというのですか。――アリス、怖かったでしょう? さ、おいでなさい」

「あ、はい!」

 ヘビモス・イミテーションに背を向け、エニグマは隠れていたアリスを手招きする。後は、進路を塞ぐシャッターを破壊するだけだ。

 だが、その時だった。消えていたヘビモス・イミテーションの殺気が、一気に膨れ上がったのは。

「――危ない!」

 次の瞬間、棗の声が響く。ヘビモス・イミテーションの角が閃き、アリスへと向かった。

「え――?」

 戦う力を持たぬアリスは驚愕と悲鳴が混じった声を漏らし、不意を打たれたエニグマは動きが遅れる。
 焼け爛れたヘビモス・イミテーションの角がアリスを貫かんとしたその時、飛び出した黒い影がアリスを浚った。棗である。

「棗さんッ!」

 ヘビモス・イミテーションの角は空を裂き、アリスを突き飛ばした棗のコートの裾を絡めた。

「っく――!」

 棗の視界が回転し、身体が宙を舞う。一瞬の浮遊感に囚われた直後、棗の身体は壁に叩きつけられていた。重厚な壁をへこまさんばかりの衝撃が廊下全体に走る。

「いやあぁぁ! 棗さんッ!」

「棗……!」

 アリスとエニグマは顔を青ざめさせる。
 アリスを庇う事のみに専念していた棗に受身を取る余裕は無かった。亀裂が入る壁にもたれながら、ずるずると地に落ちる棗に駆け寄る。

「ごめんなさい、棗さん! 私の所為で!」

「棗、今すぐ治癒の術を……」

「……いい」

 二人の心配を振り切るように、棗はゆっくりと起き上がった。背中の痛みに顔を顰めるも、骨や内臓に別状が無いかのように頭を持ち上げる。普通の人間ならば背骨の一つや二つ砕けていてもおかしくない状況だったのにも関らずに。
 頭を振って体勢を整える棗に、エニグマは驚愕と――ある種の疑心を抱いた。

 一方、棗の視線は標的たるヘビモス・イミテーションへと直される。
 だが、

「GUOOOOOOO!」

ヘビモス・イミテーションは咆哮を上げると、棗ではなく進路を塞ぐシャッターへと突進する。深く刻まれた傷口から血が迸るのも構わずに、鋭利に突き出した角をシャッターに突き立てた。
 シャッターがぐしゃりという音を立てて歪むのも気にせずに、二回、三回と、頭を打ち付けんばかりに角を突き刺す。

「ど、どうしたの……!? このままじゃ、シャッターが壊れちゃうのに!」

「……副作用だ」

 棗は静かに呟いた。ヘビモス・イミテーションの眼には嘗て『人間』であった時の面影たる理性は無く、破壊衝動に身を任せた獣と化している。

「御可哀想に。力を求めるが故に『人間』をやめて、他者を破壊するだけの――そう、ただの『力』になってしまわれたのですね。……何とかしてあげたいのは、山々なのですが」

 血飛沫で床を彩りながら無心にシャッターを貫き続けるヘビモス・イミテーションに、エニグマは遠い目になった。その真紅の瞳に宿るのは深い悲しみと哀れみだ。

 エニグマは悟っていた。一度同化したコードシステムは二度と切り離すことが出来ない事を。そして、『人間』の領域を出てしまった者は二度と『人間』に戻れ無い事を。
 ならばせめて――と、右手に魔力を集中させ、聖焔を宿そうとしたその時である。
 棗の手がエニグマを制止した。

「お前は魔力を温存しておけ。エンシェントと言えども、魔力に限りがあるだろう。――ここは、俺がやる」

「棗……」

 静かではあるが、決意を秘めた言葉。ヘビモス・イミテーションへと向かう棗の背中は、とうの昔に覚悟を決めた者にしかない重みがあった。
 理性なき獣と化したヘビモス・イミテーションは、紙の様にくしゃくしゃに歪んだシャッターに最後の一突きを打ち付ける。グァシャァ!と歪な音を立てて破れたシャッターの先にはエレベーターへと向かう通路があった。
 ヘビモス・イミテーションが破壊衝動を抱いたままこのエリアを出れば、戦う術を持つ者と持たぬ者問わず、エンブリオカンパニーに居る者達に襲い掛かるだろう。

「俺の手の届く場所にある者を――これ以上壊させたりはしない。その為になら、俺は感情を捨てて刃になろう」

 棗は無表情に蛇腹剣を振り翳す。
 目の前のヘビモス・イミテーションも、先程までは『人間』だった。棗達に戦いを挑んで来たのは、会社への忠誠心からか、それとも闘争本能からか。
 今となっては確かめる術は無い。唾液を口から滴らせ、ギラギラとした殺気のみを宿した目をあらぬ方向に向けている姿は、嘗て『人間』だったものとは思えなかった。

「――バニッシャーとして、お前を排除する」

 死刑の宣告と共に、蛇腹剣の刃が風を切る。抵抗する事すら考え付かぬヘビモス・イミテーションの首を刎ねるのは、容易な事だった。






<<BACK TOP NEXT>>