棗達が住んでいる世界とは異なる法則に則って創られた世界――異世界と、棗達が住んでいる世界は壁で仕切られている。
 無数の世界は平行線上に幾つも存在しており、それぞれの交流は壁によって阻まれていたのだ。行き来するには、特殊な手順で門を開く他なかったのである。

 だがしかし、十五年前、異世界の研究者が世界を仕切る壁を取り除こうとしたのだ。
 今まで極少数のインベーダーしかこの世界に来る事が出来なかったのだが、壁が失われた事により、次々と異形な来訪者たるインベーダーが押し寄せて来たのである。
 彼らの前では、人間の個々の戦闘力など無に等しかった。科学の力によって生み出された兵器は魔法と圧倒的な力で無効化されてしまうのだ。

 更に、壁を失った世界と世界は互いを強大な引力で引き合い、融合しようとする。二つの巨大なエネルギーがぶつかり合えば、そこに住まう者達――いや、世界そのものが消滅し、始祖たる混沌の海へと帰してしまうのだ。
 だが、世界同士の接近状態は、そう長く続かなかった。地震で大地が避け、津波が街を飲み込む中、それは唐突に止まったのである。世界と世界の壁は再び現れ、世界融合という最悪の事態は避けられたのだ。
 しかし、一度強制的に開放された門は、閉じる事は無かった。
 それがゆえに、事件前までは平和だった世界にインベーダーが蔓延るようになってしまったのである。


「今まで、『人間(ヒューマン)』と『古来族(ネイティブ)』が共存していたのですがね。……共存を選ぶのならば話は別だったのですが、彼らの目的は飽くまでも侵略。それが故に、インベーダーと呼ばれるのですよ」

 棗の説明に補足するように、エニグマが苦笑交じりに肩を竦めた。アリスは初めて出て来た単語に目を瞬かせる。

「ネイティブ?」

「古来よりこの世界に住まっている種族の総称。インベーダーと区別するためにつけられたものだ。――彼らの姿は異形であったり、人間と変わらなかったりと色々だ。人間社会に溶け込んでいる者もいれば、住み分けをしている者もいる」

 アリスの問い掛けに答えたのは棗であった。

 彼曰く、ネイティブは時として人間に崇められ、時として蔑まれて来た種族なのだという。鬼や妖怪、魔獣の一部などがそれに当る。とは言え、異界から訪れたインベーダーの中にも妖怪や魔獣がいるので、一概にどうとは言えないが。

「ネイティブとヒューマンは付き合いが長いから、互いの事をよく知っている。だから、どう付き合って行くべきか分るんだ。しかし、インベーダーは違う」

「……だから、エンブリオカンパニーはインベーダーに対抗する術を必死になって開発していたんですね。十五年前のように、人間が再びヒエラルキーの頂点に立つために」

「嗚呼。しかし、恐るべき計画とは……一体何だ?」

「未だ分りません。私はそれを調査する為に、此処にいるのです」

 エニグマはひょいと肩を竦めたかと思うと、棗とアリスを交互に見つめる。そして、何かを思い付いたようにぽんと手を叩いた。

「そうだ。此処でお会いしたのも何かの縁に御座います。私も貴方達に協力致しましょう。その代わり、私の調査も協力して欲しいのです」

 口元に手を当て、柔かく笑うエニグマ。だが、その穏和な笑みは不透明で、底が知れなかった。
 しかし、棗もアリスも手段を選んでいる暇は無い。今は隠れているから良いものの、一度、部屋の外に出れば警備員に見つかる事だろう。アリスを連行される前に、何としてでも先手を打っておきたかった。

 そう、アリスの父親の手掛かりを見つけなくてはいけないのである。
 棗に視線を向けられると、アリスはこくんと頷いた。どうやら、彼女の胸にも同じ答えがあるのだろう。

「分った。だが、俺に出来る範囲しか協力出来ないが、それでも良いのか?」

「ええ、人手が欲しかった所ですし。――で、貴方達は何を求めているのでしょう?」

「私のパパの情報です。志藤アキツの」

 アリスは祈るように両手を組みながら、エニグマの前に進み出た。

「志藤アキツ……ですか。存じておりますよ。エンブリオカンパニーのコードシステム研究員ですね。五日前に閲覧したデータでは、今から一週間前に失踪しているとされていたのですが」

 エニグマの言葉に、アリスと棗は顔を見合わせる。
 確か、アリスの記憶では三日前まで一緒だった筈だ。

「私は外部からハッキングして断片的なデータを閲覧したまでですから。詳細は恐らく、地下一階の研究室へ行かないと分らないでしょう。外部にデータを漏らすような真似をしているとは、思えませんから」

「地下へ……行くのか?」

「ええ、案内致しましょう。ただ、問題は行き方なのですが――」

 エニグマが言葉を続けようとしたその時、棗の耳に足音が飛び込んで来た。複数の規則正しい足音は、警備員か戦闘員のものだろう。

「来たか……」

 棗はアリスを背に庇い、エニグマは入り口から一歩下がる。
 室内に監視カメラでもあったのだろうか。相手は既に棗達の居場所に気付いており、足音は真っ直ぐこちらへと向かってくる。

「アリス、隠れろ!」

「は、はい!」

 せめてアリスだけでも逃そうと、積み上がった段ボール箱の隙間に誘導したその瞬間、扉は勢いよく開け放たれた。






<<BACK TOP NEXT>>