エンブリオカンパニー内に警報が鳴る。
 棗とアリスは、耳障りな警報音が響く回廊をひた走った。廊下は警告ランプで赤く染まり、渡る者の緊張感と焦燥感を煽った。
 エンブリオカンパニーの社内は複雑な造りをしており、同じような廊下が迷宮のように入り組んでいる。棗自身、何度か来社したことがあるとは言え、社内をくまなく探検したわけではない。
 今の状況では、勘を働かせて安全そうな場所を探す他無かった。

「おい、そっちに行ったぞ! シャッターを閉めろ!」

「了解。A8シャッター閉鎖!」

 背後の警備員が通信機に話しかけると同時に、正面の廊下のシャッターが閉まり始めた。棗単独であればシャッターが閉まる前に向こう側に滑り込むことは可能だが、アリスに無理をさせるわけにはいかない。

 棗はくんっとアリスの腕を引っ張ると、右側の廊下へと足を向ける。
 しかし、ヒュンっと言う不吉な音と共に何かが飛来した。棗は咄嗟にアリスを庇い、翻したコートでそれを受ける。刹那、ボッという音と共に背中に衝突したのは――炎球であった。
 衝撃で痺れるような感覚を受けるも、炎はコートを燃やすに至らず、虚空にすうっと溶けていく。焦げた匂いのひとつも残さず、まるで最初からそこに存在していなかったかのように。

「炎属性の攻撃型コードシステムか……!」

「ほほぅ、耐魔法コートを装備しているとは、流石はAランクのソルジャーだな。だが、これはエンブリオカンパニーに対する反逆だ!」

 炎を放った男は、ロビーでアリスを追っていた警備員達とはデザインが異なる制服を着ていた。彼らが群青だったのに対して、目の前にいる警備員は赤だ。それは、コードシステムを所有する特別警備隊――戦闘員である証である。

(インベーダーに対抗するための部隊が、何故少女一人捕まえるのに出動する? コードユーザーである俺がいるからか、それとも……)

 棗は男の言葉に答えず、無言で相手の隙を窺った。背中からは「棗さん……」というアリスの不安そうな声が聞こえてくる。
 更に背後からは、バタバタと慌しい足音が聞こえて来た。後から追跡していた警備員達と挟み撃ちにされたのである。
 囲まれてしまうのも、時間の問題だった。

「棗さん、呪符は……」

「駄目だ。投擲の隙をつかれる。奴の炎の魔術は構成こそ単純だが、その分――早い」

 廊下の広さは蛇腹剣を振るえる限界の広さだが、棗はその選択肢も打ち消した。
 目の前の男はコードユーザーだが、追い縋って来る警備員達は一般人だ。この状況下とは言え、一般人に手を下すのには激しい抵抗感を覚える。棗は、そういう男だった。
 二つの強い感情が棗の胸で鬩ぎ合い、冷静な表情を保った頬に汗を伝わせる。刺し違える覚悟の正面突破を決意し、せめてアリスだけは守ろうと、そっと彼女の肩を抱いた。
 それを嘲笑うかのように、赤い制服の戦闘員はにやりと口を歪めて呪文を唱えようとする。

 刹那、

「させません!」

 高らかに響く若い男の声と共に、眩い閃光が頭上で弾けた。

「――なっ!?」

 瞬時に白くなる視界に、その場に居た者は思わず両眼をギュッと閉ざす。誰もが予測していなかった第三者の介入に、警備員達は混乱した。

 呻き声や悲鳴を上げる者、通信機に向かって叫び声を上げる者、コードユーザーの男すら両手で目を覆ってその場に蹲っていた。
 だが、一体何が起こったのかと、ほんの僅かに回復した視力で前を確認してみると、そこには――いなかった。
 棗とアリスは、文字通り影も形も無く、消えていたのであった。






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