先に説明したとおり、エンブリオカンパニーはコードシステムを開発した企業である。
 コードシステムは、十年前にインベーダーの蹂躙に対抗すべく、人類の新兵器として開発された。エンブリオカンパニーはその功績を称えられ、一躍有名大企業となったのである。従業員は千人を超え、全国各地に支社が点在しているのだ。
 創立者は現在隠居しており、今の社長――エナ=エンブリオは若くして社長という地位に就いたのである。だが、若いにもかかわらず、凄腕の経営者すら舌を巻くほどの経営手腕で、企業は未だに鰻上りの成長を続けている。


 シティホライズンのセントラルエリアにあるのは、エンブリオカンパニーの本社だ。棗の家の最寄駅からメトロに乗れば、二十分ほどで到着する。

「わあ……。随分と色々な路線が巡ってるんですね」

 駅構内の案内板を目にしたアリスが、開口一番に言った言葉はそれだった。駅は何層にもなっており、三つの路線がそこに収められている。
 アリスが路線図と駅構内の地図を見比べる為に背伸びをするも、棗はコートを翻して先へと進む。アリスは慌ててその後を追った。

「人が多いから気をつけろ」

「は、はい。でも棗さん、そっちの線に乗るよりも、もう一つの線に乗った方が……。それも目的の駅を通過するみたいですし、今すぐに来るとかで……」

 遠慮がちにそう言うアリスだったが、棗は軽く首を横に振った。

「もう一方は停車駅が多いからな。エンブリオカンパニー前の駅に行くには、電車一本分の時間差がある。それに、こちらは少し待てば快速が来る」

 自らが持っているデータを淡々と機械的に紡ぎながら、棗は迷う事無く歩を進める。アリスは感心したように目を丸くすると、早足で棗に追いすがった。

「く、詳しいんですね。――あっ、棗さんの趣味って、もしかして鉄道趣味!?」

 当りですか?と背中に問い掛けるアリスに、棗は不思議そうな視線を返す。

「何故そうなる」

「え? だって、鉄道の事ならば任せておけっていう感じですし」

「……俺はただ、頻繁に利用しているから、多少詳しいだけだ」

 素っ気無さすら感じる返事に、アリスは黙り込む。だが、僅かに俯くその表情は、落胆しているというよりも考え込んでいるかのようであった。

「……どうした?」

「あ、いえ。だったら、棗さんの趣味って何かな。って思って」

「俺の……趣味?」

 慌ててパタパタと手を振るアリスを前に、「何故そんな事を気にする」と問い掛けそうになる。
 だがその時、タイミングを見計ったかのようにアナウンスが流れた。棗達が乗ろうとしていた列車がホームに来るというものだ。

「行くぞ。電車が来るようだ」

「ま、待ってください。気になるじゃないですか!」

 歩を進める棗に、アリスは縋りつくように後を追う。そんな彼女と並びながら、棗は一拍置くと、

「そうだな。趣味と言えるのかは分らないが、菓子作りは良くやる」

「え! お菓子作り? 棗さんが、ですか!?」

「何だ。その、意外そうな顔は」

「だ、だって。棗さんって、ハードボイルドなイメージがあって……。なんと言うか、クッキーやケーキを焼いている姿が想像できないというか、お菓子自体と結びつかないというか……」

 目を丸くするアリスに、棗は眉間に深い皺を刻む。それは困っているような表情に見えた。
 やれやれと言うように溜め息を零すと、

「甘い物は人を喜ばせる。他人のそんな顔を見るのが、好きだからな」

「人の、ため?」

「嗚呼。……どうした?」

 棗は目を瞬かせているアリスを見て首を傾げる。列車が運ぶメトロの風が、彼女の長い髪を撫でた。彼女ははにかむように笑うと、

「何か凄いなって思ったんです。それと同時に、棗さんの趣味は可愛いなって」

「……可愛い」

 棗は絶句した。表情こそは少ないものの、そこには疑念と困惑が動揺となって滲み出ている。

「あ、電車、来ましたよ。早く乗りましょうか!」

 アリスはその場の空気を打ち消すかのようにそう言うと、ホームに到着した列車に乗り込む。一歩遅れて、棗も搭乗した。

「…………理解不能だ」

 その際、棗が人知れず眉間を揉んで呟いたのは、また別の話。





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