深い漆黒の瞳に、通った鼻筋と整った唇、どれもが計算されたかのように精巧に作られているが、それらが目立つ事を拒絶しているが如く、全体的な雰囲気は地味という印象を受けた。

「月詠(つくよみ)棗(なつめ)――だ」

 職業は昨日伝えたな。と言わんばかりの、短い自己紹介である。
 アリスは棗に頭を下げると、遠慮がちに視線を部屋の中へと巡らせた。
 まず気になったのは、コルクボードのスクラップ記事である。棗はアリスの視線に気付いたのか、こつんとコルクボードを指で小突くと、

「インベーダーの記事だ。奴らが各地でどういった事件を引き起こしているのか、調査をしている」

 棗が指した先には、昨日のキマイラの記事もあった。キマイラに四肢を裂かれた遺体が発見されたという見出しに、アリスはぞっとする。もし棗がいなかったら、自分も同じような報道をされていたに違いない。何人目かの被害者として。
 だが、棗に心底感謝をすると同時に、棗に対する興味も湧いて来た。

「あの、バニッシャーって具体的にどんな事をしているのですか?」

「平たく言えば退治屋。依頼者に指定された標的を消し去る事を生業としている。――俺の標的は、一般人に害を為す者。つまりインベーダーだ」

「インベーダーを屠る者……。いつもあんな化け物と戦っているんですか?」

 頷き返す棗に、アリスは驚愕と尊敬の眼差しを送った。異形を目にしても全く動じずに立ち向かい、鮮やかな手口で葬るあの姿は、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。

「怖くは、ないんですか? 私なんて遭遇しただけで足が竦んでしまって……」

「足が竦むのは当然だ。戦う術が無いのだから。だが、俺はそんな者達を守るために戦っている。恐怖などという感情はとうに捨てた」

 ストイックな物言いに、アリスは「凄い」とか「カッコいい」という敬意が浮かぶも、棗の物静かな雰囲気に押されて黙り込んでしまった。

 ざっと棗の部屋を観察するも、実に良く片付いており、余計なものは一切見当たらない。娯楽の一環らしいものと言えば、透明なケースに仕舞われた自動車の模型くらいか。
 上品な漆黒のボディは、朝日を受けて滑らかな輝きを放っている。デザインは割とレトロなもので、自動車の燃料がガソリンだった頃のものだろう。今となっては、二酸化炭素削減の為に電気で走る車が主となっている。車が排気ガスを撒き散らしながら走っていたという十数年前が信じられない。

「それは貰い物だ。知り合いがコレクターでな」

 棗の一言に、趣味の一環という可能性は打ち消された。
 そうすると、いよいよ彼の娯楽を語るものがなくなってくる。観葉植物の手入れが行き届いている所を見ると、植物の世話が嫌いというわけでは無さそうだが。

 自宅というよりも、寧ろ兼事務所と言わんばかりの部屋を物珍しそうに見つめていたアリスだったが、

「所で、野暮とは思うが事情を聞きたい。何故、昨日はあの時間にあの場所に?」

 棗に問い掛けられ、現実に引き戻された。無意識の内に押し殺していた焦燥感が、決壊したダムの如く押し寄せてくる。

「そ、それが……」

 己が置かれていた状況を思い出そうとするも、混乱の所為か、アリスの記憶の引き出しは固くなっていた。断片的な記憶しか思い出すことが出来ないのだ。
 緊急時なのだから仕方がないのだろうかと思いながらも、自分が今持っている一番大切な情報を導き出した。

「パパが……パパが帰って来ないんです! パパを、探さなくちゃ……!」




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